旅の日記
国土交通大臣登録旅行社
2010年9月6日 (月)
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阿拉善左旗 植林研修
トラベラー名: shamoji (全24枚)
旅行記: 阿拉善左旗 植林研修
エリア: 内蒙古自治区
テーマ: ボランティア
時期: 2010/07/25 ~ 2010/07/25
投稿日: 2010-08-12 01:41:20
職場の研修で植林をしてきました。
内モンゴル自治区の西側テングリ砂漠に行ってきました。

上海→銀川
→バレンホト(植林)
→テングリ砂漠
→ガラン山
→銀川です。

今回は職場の研修の為、
交通手段などは参考にならないと思いますが、
折角なので、アップします。


次はKL
トラベラー名: サミュエル (全20枚)
旅行記: 次はKL
エリア: クアラルンプール
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/29 ~ 2010/04/29
投稿日: 2010-05-08 10:25:53
クアラルンプール。ここを省略して「クアラ」と言う日本人がいる。旅行社の人もそう言う。現地の人は、クアラとは言わない。略称はKLだ。更に、ジョホールバルはJB。
ちなみに、日本たばこ産業はJT。関係ないか。

サミュエルは翌朝アンコールワットに行く予定。KL空港発は朝7時である。深夜にシンガポール到着で、7時にKLは間に合わない。飛行機が無い。シンガポールからKLまで深夜タクシーを飛ばせば、間に合うが、現実的ではない。

仕方なく、KLで一泊(一発ではない)した。仕方なくというのは、マレーシア国民に失礼な言葉であるが、しかし今回はマレーシアが目的ではなかったので、「仕方なく」である。

そもそも、サミュエルは1980年後半から90年前半まで、頻繁にマレーシアを訪れていた。マレーシアがサミュエルの第二の故郷であった。今でもそう思っているが、5年以上訪れなかった間に街は変わった。サミュエルの思い出の場所も消えていく。

昨年、シャングリラホテルのベルボーイが定年で退職したことを知った。また一つ、つながりが無くなった。



バツー洞窟
トラベラー名: サミュエル (全21枚)
旅行記: バツー洞窟
エリア: クアラルンプール
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/29 ~ 2010/04/29
投稿日: 2010-05-08 13:09:49
常々サミュエルは思っている。わが身を反省すると、穴があったら入りたい。なかなか意味深な言葉である。

と言うことで、穴に入る為にバツー洞窟をめざす。

行き方がわからないので、ホテルのおじちゃんに聞くが、駅のインフォメーションで訊いてくれと言う。泊まったホテルは、昼間は時間貸しするようなホテル。
日本でも見かける、ご休憩(2時間)5千円、お泊り8千円の類のホテルだ。

インフォメーションに行くと、RapidKL(電車の路線)に乗って終点まで行き、バスに乗れ、だった。
OK、OKといい加減に納得したのはいいが、終点はどっち側だ?改札口で訊いたら、またわからなくなった。それでもなんとか、教わった、ターミナル・プトリ(別名:ゴンバック)にたどり着いた。4RM。高い。

さて、バスはどこ?


旅はシンガポールから
トラベラー名: サミュエル (全3枚)
旅行記: 旅はシンガポールから
エリア: シンガポール
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/28 ~ 2010/04/28
投稿日: 2010-05-07 22:00:42
この旅は、1月に決まっていた。「タイのお姉ちゃんとサメット島への同伴日記」というタイトルで、旅行記を執筆(?)つもりであった。
しかし、お姉ちゃんとの仲が壊れ、バンコクが赤組によってつまらない街と化してしまったため、断念。

4月24日朝に行き先をバンコクからアンコールワットに変更した。早速空いている飛行機を探し、
シンガポール⇒クアラルンプール⇒シェムリアップ
の順で向うことにした。

前回アンコールワットに行ったとき、孤児院も訪れた。子供たちと、遊ぶことが目的だったのだ。しかし、孤児たちは故郷に帰っており、会うことはできなかった。
「よし今回こそは」と思い、100円ショップで、お土産の鉛筆などを買い込んだ。

成田空港では、クレジットカードのプロモーションの為、ボールペンを配っている人に、「カンボジアの子供たちに持って行きたいからたくさんくれ」と頼み、シンガポールの入国審査場でも、キャンディーをたくさん貰い、お土産を増やしていった。

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クレジットカードはAMEXとANAカードの人です。この場を借りて、お礼を申し上げます。確かに渡してきました。
次回も貰いに行きますので、たくさん用意しておいてください。
AMEX万歳。ANAカード万歳。



万里の長城付近で、木を植えてきました!
トラベラー名: 不二山 (全76枚)
旅行記: 万里の長城付近で、木を植えてきました!
エリア: 北京
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/22 ~ 2010/04/22
投稿日: 2010-05-10 08:57:55
観光地化していない万里の長城を見ながら、植樹しました。


その後、万里の長城の八達嶺を登って北京市内へ戻る時、

写真の、幼児の髪飾りがとても可愛いかったのでシャッターを押しました。


再びアフガニスタンへ
トラベラー名: mest (全5枚)
旅行記: 再びアフガニスタンへ
エリア: その他の都市
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/04 ~ 2010/04/04
投稿日: 2010-04-30 21:31:58
4月、「日本人ジャーナリスト誘拐か?」の文字が各紙を賑わせるなか、アフガニスタンを再訪した。

カブールまではデリー経由。

カブールに着くと、思いのほか街の雰囲気や、人々の雰囲気が明るくて驚いた。各地で検問が行われたり、官公庁や大使館の周辺はフル装備の兵士による厳重な警備が行われているとはいえ…。

用事を済ませて、すぐにパンジシールへと移動した。この地域の某地区の学校の教育支援をおこなっている。パンジシール川に沿って、どんどんパンジシールの奥深くへと。雪が積もった山、雪解け水が溢れる川の流れ、アフガニスタンは本当に美しい。





中国で木を植える 【北京から大同へ】
トラベラー名: k-kaoru (全7枚)
旅行記: 中国で木を植える 【北京から大同へ】
エリア: 大同
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/03 ~ 2010/04/03
投稿日: 2010-05-27 21:32:39
緑の地球ネットワーク(以下:GEN)が主催している「黄土高原ワーキングツアー」に参加した。
GENは1992年より中国の大同にて植林活動を行っている認定NPO法人で、これまでに植えた木は1700万本以上になる。貧困問題や現地の方々との交流にも重点を置いていて、ツアーは毎年、春と秋の2回行われている。

◆黄土高原◆
黄土高原は文明が早くに発達し、四世紀末からおよそ100年間、北魏の都(平城京)がおかれた場所。面積は日本の1.5倍にもなる。ピーク時の人口は130万人にも上り、中国最大の都市だった。その証拠に雲崗石窟や世界最大級の木造建築である永寧寺の木塔(67m)、華厳寺、善化寺、懸空寺等が残っている。平城京には100もの寺院があったそうだ。100万人以上の人々が住み、木造建築を次々と建てることができたということは、この地方に森林があったということ。しかし、文明が発展する過程の中で、後先考えることなく大量の木材を使った結果、砂漠と化してしまったのが黄土高原である。そして、現在、黄土高原をさらに渇いた作物の育たない大地にしてしまっている原因は『水土流失』である。年間降水量が400ミリしかなく、作物にとって最も水が必要とされる4~5月の雨が極端に少ない。ところが、夏にはゲリラ豪雨が集中する。1時間70ミリ以上という雨は栄養分のある表土を押し流し、土をえぐる。これが『水土流失』だ。雨の少ない土地では雨が砂漠化を加速させるという皮肉な現象が起こっている。土がえぐられた結果、その場所は浸食谷となる。深いところでは100mにもなる。浸食谷を初めて見た人の多くは、「なんてすごい景色!まるでグランドキャニオンだ!」と言うそうだ。私もその一人だった…。浸食谷ができた過程を知った後にこの景色を見ると、なんともやるせない気持ちになる。
黄河に流れ込む土の量(16億トン!)の80%以上が黄土高原の土だといわれている。毎年毎年これだけの量の土が流れている現状から見ても、黄土高原の問題の大きさがわかる。水不足が深刻な大同だが、ここは北京と華北の穀倉地帯の水資源であり、風砂の吹き出し口でもある重要な地域である。このため、中国自身も緑化には懸命で、各地からGENのプロジェクトを視察に訪れるそうだ。
なお、日本で一番年間降水量が少ない場所は網走市の800ミリ。ちなみに降雪は含まない。また、隣接する市や北海道全域で見れば十分に降水量があるため、網走市が水不足だという認識はあまりない。黄土高原の現状を知れば知るほど、日本がいかに水に恵まれた国であるかが分かる。

噂に聞いてた通り、北京の空は霞みまくってた…。黄砂、スモッグ、排気ガス…。
初めての中国。ツアーなんかで旅したことないし…文化・食事・言葉・トイレ等など…不安だらけで北京空港に到着した。空港のあまりの広さに圧倒される。飛行機着陸→入国審査→荷物受取り、と順調に進んだものの…東京・北京組の方々と合流した頃には1時間近く経ってた!総勢29名。早速、バスに乗り込み、目指すは山西省大同市霊丘県。(中国では市の下に県がある。)通訳の孫さんより、大同までは5~6時間程かかると説明される。地図で見ると大阪と京都くらいの距離に感じるのに…やっぱり中国は広すぎると実感する。
さすがは首都の北京、高層ビルが立ち並び、巨大な都市。中国ではちょうど3連休の初日ってこともあって、北京はめちゃくちゃ人が多くて、道路は渋滞しまくってた。4月5日が清明節(日本のお盆のような日)なので人の移動が激しいんかなぁ。なんたって13億人を抱える国。日本の比じゃないわ。
大同までの道中では張家口、万里の長城(八達嶺)、宮庁ダム、桑干川等を横目に見ることができる。混んでいたのは北京だけで、思いのほか順調にバスは進み、高速道路をひた走る。北京を出て1時間も経たないうちに近代的な建物はなくなって、どこまでも続きそうな広大な土地が広がる。植物の緑はほとんどなく、これでもかっ!っていう茶色茶色茶色の世界。アスファルトが敷かれているのは今走っている道だけ。ポツリポツリと民家や畑もあるけど、作物が育つとは思えない感じ。「こんな場所でほんの1週間ばかしで数本の木を植えたからって何になるんやろか…??」大同まではまだまだあるってのに、やる気失せる…。1度目に休憩したのは、一応はサービスエリアなんやろなぁ。小さい商店とトイレがあるのみ。ここのトイレは個室で水洗やったから一安心。トイレから出ると、手洗い場でおもっきし髪を洗ってる女性がいた。日本ではまず見ることのない光景。どういう事情で髪を洗ってるんやろか…。商店にはカップラーメンとかお菓子、酒等が並んでる。コンビニみたいな品揃え。豚足や鳥足?が真空パックで売られていたのにはビックリ!さらにバスに揺られる。数時間後、2度目の休憩。ここは朽ち果てたガソリンスタンドのような所。ついに中国式トイレの登場!個室ではあるけど、扉に鍵はなくて、全部閉めると暗くて何も見えない。だから10cm程扉を開けたまま…ただの溝?!に用を足す。後々は肥料になるんかなぁ?このまま土中に分解されていくんかなぁ?自分の出したものの行く末を心配する。水洗・温便座に慣れきった自分がとてつもなくひ弱に感じてくる。予想通り、5時間半程で本日のホテル「明珠国際商務酒店」に到着。ロビーには派手なシャンデリアが飾られ、なかなか立派なホテル。部屋に荷物を置き、夕食。ビールや白酒で乾杯し、今回の旅で初めての食事。次々に料理が運ばれてくる。どれも予想以上に美味しくて、食べに食べた。もうお腹いっぱい!と思っているところに次の料理が運ばれてくる。いよいよテーブルに置ききれなくなって、皿の上にどんどん重ねられていく。中国のおもてなしとはとにかく、たくさんの種類を大量に!だそう。もったいないからとお皿を空にすると、足りなかったと判断されて、さらに料理が運ばれてくる。適度に残すのが礼儀らしい。
今回のツアーに参加している人は年齢も職業もバラバラ。中国の歴史専門の大学の先生、雲南省を始め中国の少数民族に惹かれ何年も通っている人、林業を勉強している大学生、中国語や環境問題に興味のある人、会社からCSRの一環として参加した人、等など。普段の生活では絶対に関わり合う事がないであろう方々と1週間共に行動する。どの方も優しくて、すぐに打ち解けることができた。いつの間にか出発前の不安はどこかへ吹き飛んでいた。明日からの植林作業も楽しみながらできそうな気がする。
部屋は掃除が行き届いていて、けっこう清潔。難を言うと…バスタブがない!シャワーとトイレの間にカーテンもない!シャワーを使ったら、どんだけ注意してもトイレがびしょ濡れになる。これは不快極まりないぞ。タオルで拭くよりしょうがないねんけど…。シャワーは固定式やから、足先なんかには水の勢いが届かず、ゴシゴシは洗えない。まぁブツブツ文句を言っても…水不足が深刻な大同。水が出るだけで感謝しなアカン。お湯なんて超贅沢。私達が来たことで、水不足の土地から水を奪っていることは事実。初日から考えさせられるなぁ。スムーズに初日を終えて、ベッドに入るなり、即効で眠りについた。

緑の地球ネットワーク:3.nifty.com/gentree/


中国で木を植える 【初めての植林】
トラベラー名: k-kaoru (全29枚)
旅行記: 中国で木を植える 【初めての植林】
エリア: 大同
テーマ: ボランティア
時期: 2010/04/03 ~ 2010/04/03
投稿日: 2010-05-27 21:23:26
今日は『南天門自然植物園』にて初めての植林作業。

◆南天門自然植物園◆
ひとつの山が自然植物園そのものとなっている。標高は1300m程。日本で『植物園』と聞いて想像する場所とはかけ離れている。高低差や日当たり等を考慮して様々な種類の植物を栽培していて、森林再生のモデルとなるような場所。

太行山脈の中を走っていく。圧倒的な景色にのけ反りそうになる。絶対の絶対に日本にはない景色。巨大な岩壁が天を差すようにそびえ立っている。それにしても、やっぱり緑はなくて、流れているはずの川の水は干上がり、そこを羊飼いが通り過ぎていく。川底にはトウモロコシ畑まである。水が流れることがないってこと?相変わらずの茶色の世界を口を半開きにしてポッーと見てたら、GENの顧問である遠田先生より「今は茶色の世界だけれども、夏になれば、新緑が生茂り、それはそれは美しい景色なんですよ。日本でこんな場所があったら、たちまち観光化されてバスだらけでしょうね(笑)」と説明される。通常は3月後半頃から、少しずつ芽吹きはじめるそう。ところが今年は季節が3週間も遅れているらしく、木々の緑や色鮮やかな花々を見られるようになるのはまだまだ先やねぇ。これも温暖化の影響なんかなぁ。ホンマに世界中で季節がおかしなってる…。
それにしても、ゴミの多さには唖然とした。道路脇には車から投げ捨てられたであろう、ゴミが大量に散らばっている。木々にはビニール袋が絡まり、ただでさえ寒々しい景色を一層、際立たせてしまっている。農村では収集車がゴミを回収しにくるということはないらしく、「ゴミはゴミ箱に!」の概念は通用しなさそう。いつか、紀行本で読んだ事がある。20年くらい前の寝台電車の中での話。多少は改善された部分もあるやろうけど、20年経っても大きくは変わってないように思うなぁ。

~乗客は不要になったものを次から次へと窓から放り投げる。「ゴミ箱があるのに…なんて自分勝手な人たちだ!」と憤った著者。自分はちゃんとゴミ箱へ。そこへ清掃係の人がやってきて、ゴミ箱からゴミ袋を取り出し…次の瞬間、これでもか!って勢いをつけてそのゴミを窓から放り投げた…。結局行く末は同じ。不要になったものは、捨てる。とにかく、今この場所で。ゴミ箱に捨てる意味などない。不要なものは目の前から消し去らなければ、今すぐに!~

シンプルではあるなぁ。昔はそれで良かったかもしれん。土に返るようなものしかなかったかもしれん。でも時代は変わってるで、しかし。ほとんどのゴミに化学的な物質が含まれてるはず。そんなゴミは永遠に土と一緒になることはない。土に返るようなものでも、毎日毎日13億人分(?)ともなれば自然の浄化サイクルを完全に超えている。それでも人々の概念は2010年になっても変わっちゃいない。悪意はないんやろうけど…。「ゴミは分別してゴミ箱に、燃えるゴミは水曜日、牛乳パックは近所のスーパーに、ガラス類を捨てる時には『割れ物注意!』って書かないとね…」こんな事言われたところで、大半の中国の人々にとっては全く理解不能なんやろなぁ。一部の都市では日本と同じように収集車も普及してるやろうけど、中国のゴミ問題の行く先は果てしない。日本でだって、収集車に回収されたゴミがゴミ処理施設で焼却処分されるようになって、たかだか50年くらい。色々考え出すと、いつかこの世界はゴミで埋め尽くされて滅びるんちゃうか?とさえ思えてくる。文明って一体何なんやろ。文明の恩恵をおもいっきり受けながら、ゴミを捨てまくって生きてきた自分が偉そうに何かを言えるわけでもないんやけど…。
1時間程で植物園に到着。バスを降りてから、山の上の方へと20分程歩いて行く。広大な景色を目の前に、GENのこれまでの活動の功績を思う。今回、植えるのはアブラマツとリョウトウナラ。まずは苗運びから。苗置き場から植林場所までは300m程あり、両手に苗を抱えての行き来はけっこう大変やった。植える場所には、あらかじめ幅・深さ50cm程の穴が掘られていて、そこに苗を置き、環境の良いところで掘った土を運んできて、穴に入れ、軽く踏み固め、水をたっぷり注いで、完了。
一番大変やったのは土運び。植林場所は斜面やから、徐々に登山のようになってくる。足元は悪く、フラつきながら、えっちらおっちら作業を進める。誰が何を担当するかなんて決めてなかったけど、自然と役割分担が決まり、皆で協力し合うことができた。目指すところが同じ人が集まると、実に物事がスムーズに進むことを実感した。
お昼になり、作業は終了。私達が作業を終えたのは広大な面積のうちのほんの一部。事前に穴を掘ってくれてたし、中途半端に終了したし、現地の方には逆に負担になったんちゃうかなぁとも思うけど、1本1本の木が大きな力を持っていると信じる。昼食はカップラーメン。日本のものとほぼ変わらぬ味で美味しくいただいた。ただ、汁を飲みきることができず、どうすればいいかと尋ねれば…その辺に捨てておけ、との事。皆が捨てている場所へ行ってみると、汁だけでなくカップ自体のゴミも…。やはりゴミ問題は果てしない。
昼食後は山の頂上まで登っていく。コンクリートの階段が整備されていて快適に歩くことができる。天気が良いこともあり、数分登っただけで汗ばんでくる。中間地点くらいの所で右横にそれると、コンクリート階段とは違う道が整備されている。GENの事務局長である高見さんに「こちらからの方がゆっくり植物を見れる。じきに同じ道に出るし、こちらから頂上へ向かおう。」と促され、10名程が高見さんに続いた。『南天門自然植物園』の代表である李さんも最後尾についてくれてる。サラリーマン風の格好で険しい道をヒョイヒョイ歩いていく李さん。さすが!優しく微笑みながら、私達を気遣ってくれる。ええ人やわぁ。
木々の成長ぶりについての説明などを受けながら進んでいく。が…行けども、行けども上に登る道に出ない。1時間程歩いて、やっと登り道に出た。せやけど、この道がくせ者!まさしく獣道。木々をかき分け、崖をよじ登り、ふと後ろを振り返れば、断崖絶壁!恐怖に恐れおののきながら、必死の思いで頂上を目指す。今さら、戻れるわけもなく…ただひたすらに登っていく。いかにもこちらの道の方が楽であるような高見さんの言い方を信じた自分が愚かであったと後悔の念。まさか、中国で登山をするとは夢にも思わず。下ばっかり見てたら、やっと頂上に着いた。最後の稜線がまた怖いったらない。その代り、頂上から見る景色は素晴らしく、これまでの植林の成果やなぁ。森が再生してきてるのが分かる!頑張った甲斐があった!でも、そんなに長居することもなく、下山。下山はもちろん階段で。めっちゃ楽やん、階段!膝にはこたえるけど、あの獣道を歩くことを思えばなんてことはない。登りの半分以下の時間で下った。管理棟に到着すると、先に下山した方々が待ちくたびれていた。1時間以上は待っていてくれたと思う。すいませんねぇ。でも階段道の往復とはどえらい違いでしてんで。休憩もそこそこにバスに乗り込む。ホテルまでは1時間もかからへんし、寝て起きたら着いてるな。って思ってたら…渋滞にはまる。高見さんは「たいした渋滞ではなさそうだから、心配しないで下さい。」と言うが、全く動く気配がない。これが大同名物の大渋滞かぁ。中国の渋滞の原因の一因は「我、先に!」と皆が思っていることやと思う。そんな中でも暗黙のルールがあるのか、石炭を運ぶような巨大なコンテナを積んだトラックは素直に最後尾につき、ただひたらすに進み出すのを待っている。ところがそれ以外の車は渋滞の最後尾に自分がつくなんて事はあり得ないとばかりに、「我が走るのはこの道だ!」と何の躊躇もなく反対車線を猛スピードで進んでいく。当たり前の話で、すぐに対向車がやってくる。そこで、前にも後ろにも進めなくなった車が団子状態になり、どうしようもなくなる。仕方なしにトラックが地道に車間距離を詰めていき、わずかな隙間に反対車線を走っていた車が頭を突っ込み、なんとか車1台が通れる幅を確保する。これを延々繰り返し、少しずつ少しずつ前進していく。昔は渋滞が解消するまでに1週間かかるなんてことも日常茶飯事だったそう。渋滞が長引けば、腹が減る。そこへ「待ってました!」とばかりにどこからかバイクや自転車にカップラーメンやゆで卵を載せた物売りがやってくる。食べ終わった後のゴミは回収されることなく、その辺に放り投げられる。腹が満たされれば、出るものもある。道路脇がゴミと糞尿で溢れかえっているといった光景もよくあるものだったそうで…。今では1週間なんてことはほぼないらしいけど、物売りがやってくる光景は今でも普通に見ることができる。日本の渋滞とは全く違う、ある意味での強烈なパワーを感じた経験やった。結局、1時間もかからへんはずの道を4時間かけて戻ってきた。一息つく間もなく、夕食となった。ホテルのスタッフの方々も3時間以上待っていてくれてたわけで…勢いに任せて食事を口にどんどん運び、2日目を終え、泥のように寝た。

緑の地球ネットワーク:3.nifty.com/gentree/


2010年1月/タイ/No.5 - 国際援助と友達助けの2日間 in バンコク
トラベラー名: あいあ~る (全28枚)
旅行記: 2010年1月/タイ/No.5 - 国際援助と友達助けの2日間 in バンコク
エリア: バンコク
テーマ: ボランティア
時期: 2010/01/06 ~ 2010/01/06
投稿日: 2010-04-20 09:55:23
6日間にもおよぶ、自分にしては超長期タイ旅行も残るは2日。

1月10日は国際支援活動を行っている友人を手伝うため、現地に人達との打ち合わせに付き合いました。

そこで立ちはだかる問題を解決してあげるために、翌日も費やすことになってしまいました。


訪タイ3日目 イサーンへの旅立ち編
トラベラー名: GoGoVanny (全28枚)
旅行記: 訪タイ3日目 イサーンへの旅立ち編
エリア: その他の都市
テーマ: ボランティア
時期: 2009/12/19 ~ 2009/12/19
投稿日: 2010-01-17 15:52:09
諸事情で予定より1日遅れてタイ東北地方にあるチャイヤプームへ。。。

久しぶりに会う人々との楽しい時間。

そんな感じの報告デス。



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